墨娯游帖
書ノ作品

顔真卿ー王羲之を超えた名筆 東京国立博物館 観覧前に

上野の東京国立博物館にて開催中の『顔真卿ー王羲之を超えた名筆』

当教室では、2/10(日)に観覧に訪れることになっています。

観覧にあたり、おおまかな中国の書道史は把握しておきましょう(^^♪

「書聖」王羲之(おう ぎし)

東晋時代(317-420年)に活躍した書家。

行書・草書の大家とよばれ、蘭亭序(らんていじょ)は書道の世界では臨書の必須古典とされています。

この王義之の書にベタ惚れした、唐時代(618-907年)の皇帝 太宗が、王義之の書の臨本を大量につくるために、初唐時代の有能書家らに臨書をさせました。

初唐三大家である、欧陽詢(おうようじゅん)、虞世南(ぐせいなん)、褚遂良(ちょすいりょう)の三者です。

※楷書の最高峰といわれる『九成宮醴泉銘』(きゅうせいきゅうれいせんのめい)は、欧陽詢の書。

太宗は、王羲之の書に惚れ込むあまり、崩御後、一緒に埋葬するよう指示、墓場まで共にしてしまった為、王羲之の書の原本が実在していたのは、296年間のみとなりました。

「独自の楷書書体 顔法を生み出す」顔真卿(がん しんけい)

唐時代の政治家であり、書家。

上品で優美な書として当時の流行でもあった、王羲之の書法に異をとなえ、蔵鋒(ぞうほう)といった筆法をあみ出しました。

※蔵鋒(ぞうほう) 穂先を逆の向きから入れて、線の内側に包み込むように入れる筆法

安史の乱(安禄山の乱)

時の皇帝 玄宗が、絶世の美女といわれた楊貴妃を寵愛し、楊貴妃一族と安禄山の政治的対立により、起きた内乱。

この内乱で、顔家は30名以上が命を落とすこととなる。

顔一族は国に命を捧げた烈士とされる。

今回の展覧会の一番の目玉とされる、『祭姪文稿』(さいてつぶんこう)は、安史の乱に於いて、命を落とした姪(いとこの息子)を祀った書。

実直な人物であった顔真卿は、その筆跡から激情の様相が書に色濃くうつし出されており、歴代の皇帝に至宝として所蔵されてきました。

1948年頃までは中国国内の北京故宮博物館に所蔵されていましたが、現在は台湾の台北国立故宮博物館に所蔵されています。

顔真卿の書は、原本が1400年の歳月を経て残っていることから、原本はお墓の中に眠ってしまい、すべて臨本でしか残っていない王羲之の書に比べると、文化的価値の高さが圧倒的です。

1400年前の直筆の書ですから、破損の懸念がされ、台湾でも最後に展示されたのは10年前。

国外では1997年にワシントン・ナショナル・ギャラリーで展示された以来とのことです。

『祭姪文稿』のところのみ、長蛇の列が出来ているのは、中国の方々にとっては国宝級の文化財でありながら、まづ、肉眼で観ることが出来る機会はないであろうことからのことです。

そして、今回の展覧会で、漢字の五書体の草書を学ぶ際の古典とする、懐素の『自叙帖』が日本初公開であることにも注目していきましょう。

僧でありながら、酒を飲んで狂ったように筆を運ばせる「狂草」を肉眼で鑑賞することが出来ることは、希少価値といえます。

顔真卿の『祭姪文稿』と並び、「書は人なり」を実感できる貴重な文化財といえるでしょう。

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